昨今では「ブログ大会?」と思うほど一般的になってきたブログ。

大人になってからも真剣に勉強されている方には適度な頭の休憩や日記、整理のような意味合いもあるでしょうし、「大人になってから子どもの勉強を見る以外で自分のための勉強にはほとんど縁がないな、」という方にはぴったりのツールではないでしょうか。

今日は、「大人の勉強」の取っ掛かりとしては最適ともいえるブログの魅力についてお伝えします。

 

1、自己表現欲求を満たすことができる。

「自己表現」という観点から見れば、これほど適したものはないのでは、と思われます。

私のブログスタイルは、まず「書く」事から始まります。
お気に入りの万年筆を手にして、思うまま書き綴ります。
その後PCのメモ帳に入力してWP に貼り付け、構成を含めて調整。

いきなりPCに入力しようとすると、変換などで手間取っているうちに考えが霧散してしまうことを防ぐためです。
また、PCを立ち上げるための待ち時間がなく、思い浮かんだら即記入できることも大きなポイント。
やってみるとかなり楽しいです。

気に入った画像を取り込んで、まさに「珠玉の宝石箱」をつくっているような感覚。
この「楽しい」もかなり高ポイント。
自己表現のできるこのツールに出会えたことは私にとって素晴らしいご縁です。

 

 

2、「字を書くための筋肉」がつく。

学生のころにただひたすらペンを動かしていても、卒業や結婚、出産後などに「書く」事から遠ざかっている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

わたしは、結婚後、「書く」どころか「ペンを握る」のも、たま~にある子どものプリント提出の署名のみ、ということが何年も続いていたときがありました。

久しぶりに書くと、「字を書くってこんなに腕の筋肉を使うんだ!」と思うくらいプルプルとしてしまいます。
このままではかなりやばい、とあせっていたのはいい(?)思い出です。

学生のころ、先生の言ったことを一気に書き続けていたときは何も思っていませんでしたが、そんな怒涛のスピードで書くことを何年もやっていなかった後で始めて気づかされます。

「人間、やはりやっていないことはあっという間に衰えるのだ。」と。
ある意味、この年齢で「衰え」を気づけたことは、幸運だったのかも知れません。

二の腕から指先までの筋肉をつかうことで、脳の働きも以前ほどではないにしろ、徐々に戻ってきたようです。(どれだけおとろえていたのだ、という話になりますが。汗っ)

「体は使ってナンボ。」
きっとその気になれば死の直前まで鍛えられることのできるものなのかもしれません。
あきらめることなく、続けてゆきたいものです。

 

 

3、頭の中を整理できる。

当然ですが、文章にするためには頭の中を整理する必要があります。
何度もこの作業を繰り返すうちに「頭の中の整理」の質がだんだん向上していくようです。

スタイルは変わらなかったとしても、続けていればきっと1年前の自分よりは前に進めているのでは、と実感できます。
定期的に全力で記事にしていくことで、より頭の中がすっきりと整理され、日常の中でも段取りがつきやすいようになった感じがします。

 

 

4、日常の様々な事に意識が向き、目がひらける。

「定期的に身の周りのことについて書く」作業をしていると、必然的に「今日は何について書こう」と色々なものにより深くフォーカスすることになります。

いつもは「当たり前」と思ってスルーしていたことでも、それを「文章化」するために様々な角度から検証し、且つ他の人に「分かりやすく伝えるにはどうすれば良いか」と、猛烈に頭を巡らせることになる。

これは、日常生活においても、「他人に分かりやすく伝えるための訓練」にもなり、レッスンで生徒さんにお伝えするときにも非常に役立つもの。

そして、「子どもにとって難解」と思われることも、噛み砕いて説明する訓練にもなっていることは、子どもとのコミュニケーションの質も上がってきているように思えます。
更に、脳のアンチエイジング(脳トレ的なものに)最適です。

 

 

5、「大人の」勉強になる。

当たり前のことですが、どんなにささやかなブログであっても、それがインターネットに繋がり、不特定多数の方々が閲覧できる状態であれば、それはもう、立派な「メディアの一つ」であるといえます。

個人のブログであっても、「個性」を大切にしつつも、「正確性」も重要なポイント。
その筆頭ともいえるものが情報の正確性もありますが、実は文章の言い回しや文法、そして漢字や語彙力ともいえます。
はるか昔に教育実習に行った時、指導していただいた担当の先生が一番最初に教えてくださったことがこれでした。

「常に生徒が見て、聞いていると思って国語的な間違いをしてはいけない。」

私は国語科ではありませんが、それほど「国語の間違い」は致命的だと悟った瞬間でした。
今でも国語的な間違いは多々あるかとは思われますが、日々意識することで、それまでの日常が全く違う、はりのあるものになったことを覚えています。

この「国語の能力」、ものすごく基礎的なものですが、これが意外に重要。
変換間違いなど、もろもろが多々あってお恥ずかしい限りですが、できるだけ「正確な文章」を目標に、考えに考えるようになりました。

たとえば、「かたい」という漢字一つとっても、「固い」か「硬い」か「堅い」か。
普段生活している上ではどれを使って良いか迷うことがあります。

それを調べて自分のものにする。
まさに「大人になってからの勉強」といえるでしょう。

 

 

6、精神が落ち着く

これも当然といえば当然といえますが、精神が不安定な状態では集中して文章は書けません。
書くときには、自分が今一番「書きたい事柄」にフォーカスして、それに全精力を注ぎます。

1日のうちでほんのわずかな時間かもしれませんが、ある意味瞑想と同じ感覚だと私は思っています。
「文章を書く」とはすなわち、「無」から「有」へということ。

何もない状態のところから産み出す作業です。
そのためにはかなりの精神力が必要。

作家さんの中には、作品を生み出す際にホテルで「缶詰め状態」になる方もいらっしゃるとか。
そこまでの作品と比較するつもりもないのですが、いわばブログを書くことは日常に気軽に取り入れられる「プチ缶詰め状態」ともいえるのではないでしょうか。

「プチ」どころか流行の(?)「ナノ」くらいの規模かも知れませんが、定期的に取り入れことで、自然と精神は安定します。
「自分と向き合う作業」とも言えるでしょう。

 

 

最後に

小中学生のころの「班ノート」を思い出したり、小1の担任の先生に「毎日文章を書く」課題を出されたなあ、などと懐かしみながら取り組んでいますが、ブログとはその人の人生そのものを表しているものなのだと、日々実感しています。

「自分」という存在を刻み付けるのに最適なブログ。
多くの方が熱心に取り組んでいることにも納得です。

まだまだ勉強途中の身。
皆様の暖かいご指導の元、精進してまいります。
ありがとうございました。

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