一人っ子の宿命(?)

今でこそ一般的ですが、私は当時としては珍しい一人っ子。
およそ40数年前はそれだけでヘンタイ扱いされたレアな存在でした。


その上父が転勤族だったため、幼馴染もおらず、小さいころから知っている同年齢の子といえば
たま~に会ういとこだけ。


喧嘩の仕方も、自己主張の正しいやり方も、競争社会の厳しさも、全体を読む力も、
物凄~く経験不足なままのほほんと育ってしまいました。

 


人生の縮図を見せてくれた存在

そんな中で、ともに暮らす猫は、私にとっては、乳母の存在。
まさに空気のようになくてはならない存在でした。

彼女は、見目麗しい姉御肌のおかん猫。
狩りが好きで、飛ぶ鳥落とす勢いの猫でした。

が、喧嘩は弱くて、しょっちゅう傷だらけになって帰ってきます。
お日様のにおいのする畳み掛けの洗濯物をこよなく愛し、コタツは彼女の特等席。

そんな彼女も、幾度となく引越しに付き合ってくれます。
車でのおよそ8時間の移動中、うなりながらも薬でおとなしくしていた彼女は、
砂トイレの上で自らの人生を悟っているようにさえ見えました。

ただかわいいだけ、癒されるだけではない、
彼女を通して、一人っ子の私は一人では学べないものを学べた気がします。

引越し先の新しい土地では、恒例の行動。
決して危険に近寄らず、少しずつ行動範囲を広げ、野生の本能を最大限に駆使していました。

研ぎ澄まされた自らの勘を頼りに生きて、まさに、「頼れるものは己のみ。」

 


姉御とのお別れ

高3の受験期、そんな猫とはあまり接触する機会がなく日々を送っていたころです。
本当に久しぶりに会った彼女は、紙のようにやせ細っていました。

皮膚がん。

桜貝のようにピンク色をした薄い薄い彼女の耳にかさぶたができてからおよそ半年後のことです。
癌化した細胞は手術でとり省く以外になく、
摘出手術を受けるとすぐに次々と転移を繰り返したのでした。

そのころにはかなりの高齢だったため、再度の手術には耐えられないだろうとの獣医さんからのお話でした。
そのままなすすべもなく日々暮らしていたのです。

 

あるとき、いつもならネコに触れることなく急いで学校に行っていたのに、
ふと、この日はなぜか彼女が呼んでいたのかも知れません。

何気なく彼女に触れ、「よく寝てる」と思い、そのまま学校へ行きました。

 

それが最期でした。

 

後から聞いたのですが、そのときはすでにもうこの世にはいなかったのだそうです。
推定18歳。

大往生といえばそうかもしれません。
私にとってのひとつの時代が終わったのだと感じました。

たかだかネコと思うかもしれません。それでも、彼女の存在は私には大きかった。
ありがとう。あなたのすべてに、ありがとう。

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